番外編 帝王切開

 一月のことです。どうしても仔を採りたかった雌が調子を崩してしまい、胎の仔を助けるために、やむなく親の腹を切開することにしました。その経緯を説明します。一般のブリーダーの方にお勧めできるような手法ではありませんので、ブリーディングガイド 番外編としました。
 
 ミリオンフィッシュとも呼ばれ、仔をたくさん採ることができるグッピーでも、産仔が近くなると、体に異常を起こすことがあります。今回の雌は、サンセットモザイクの雄と交配させた月齢4ヵ月半の比較的若い雌でした。ペアリング開始後一ヶ月ほどが経ち、おなかの大きさが目立ち始めたので少し早めに産卵箱に移しました。この品種は雌の腹が膨らみきらないうちに産仔してしまうことがよくあるので、これは通常の措置でした。
 その後、3、4日が経過しましたが、まだ産仔しません。あまり元気がないようなのでよく見て見ると、糞をしていないようで、産卵箱の底には食べ残しのブラインシュリンプしかないようです。もう少し様子を見ることにしました。
 さらに2、3日経ちましたが、状態は悪くなっているようです。相変わらず糞が出ないようで、腸閉塞のようです。体に艶がなく、腹部に血のにじみのようなものが見えます。糞が出ないのと、胎内の仔が順調に育って大きくなってきているようなので、腹部はいよいよ膨らんで背中が反り返るほどになってきました。こうなっては、放置すれば産仔できないまま、数日後には死んでしまうことは過去の経験から明らかです。そこで、母体はあきらめ、できればおなかの中の仔だけでも助けようと決心しました。

 期待の雌だったのですが、この状態になってしまいました。健康な雌と比べて体に艶がなく、腹部が異様に膨らんでいるのに対して下半身は痩せています。胸鰭の後ろ辺りに血のにじみが見えます。この画像では見えませんが、肛門付近が白く濁っています。急死することはありませんが、徐々に弱って、たいていは一週間位で死んでしまいます。塩や薬も効きません。
 このおなかのふくらみ具合では中の仔は母魚が産み出してくれるのを待つばかりになっているのではないかと思われました。そこで切開して、仔を取り出すことにしました。
 かわいそうですが、母魚の頭部を氷水につけて麻痺させてから、腹部を開き、卵のうごと取り出しました。腹部を押して仔を搾り出す方法もありますが、今回のように出口が詰まった状態では、仔が潰れてしまう危険があります。
 
 卵のうの写真です。急いだのでピントが合っていません。
 中に仔が見えます。黒く見えるのは仔が生きている証拠です。まだ間に合いそうです。卵のうをハサミで切り広げました。
 
 中から卵殻に入ったままの稚魚と、同じくらいの数の無精卵が出てきました。  最初に思ったよりも卵は成熟していないようで、稚魚は卵殻に入ったまま動かず、飛び出して泳いでくれません。そこで一匹づつスポイトで吸い取り、勢いよく噴き出すという作業を繰り返しました。
 卵のアップです。殻の中で窮屈そうに丸まっている稚魚。このまま放置すると死んでしまいます。
 スポイトの作業で殻が破れ、出てきた稚魚たち、ヨークサックを付けたまま転がっています。ヨークサックのないものは、荒療治で取れてしまったようです。
 結局、この時点で死んでしまったものを取り除いて、約30匹の稚魚が誕生しました。
 普通グッピーは正常に生まれると、その日から餌を口にしますが、今回のようにヨークサックをまだつけている状態では餌を食べることはおろか、泳ぐこともできずにじっとしています。感染症の予防に少量の塩を溶かし、メチレンブルーを数滴プラケースに落として2、3日様子をみました。
 3日後の稚魚たち、ヨークサックもなくなり、元気に泳いでいます。この間に約4割の稚魚が落ち、18匹が残りました。この日から餌のブラインシュリンプも良く食べるようになりました。
 一週間後の稚魚たち。生き残った稚魚たちは、奇形もなく、すくすくと育っています。18匹と数は少ないけれど、貴重なサンセットモザイクの仔が採れました。


 この稚魚たちは3月現在、生後2ヶ月の若魚となって、すでに雄雌別の水槽に分けられ、雄にはサンセットモザイクの特徴が出てきています。
 私の温室では、毎日のように何れかの水槽でグッピーが仔を産んでいます。雌のストックも多いので、今回のような方法で仔を取り出すことはたまにしかありません。成功する確率も五分五分というところでしょうか。少数でも生かすことができたことを良しとしようと思います。